「小山恵吾論」
大衆はなぜ小山恵吾のyoutubeを見るのだろうか。結論から述べると、小山は大衆の欲望を具現化する人間だからである。社会で生きて行く上で重要な理性的判断を彼はしないときがままある。むしろ、反対にアクセルを踏み、ときには暴力的な発言をyoutubeという媒体を見事に使い拡散させ、大衆の感情にダイレクトに響かせる。その言動は善悪の価値観以前にエネルギーに満ちており、必然的にアンチと信者を大量に生むことになる。それだけではなく、ときには、天然ボケを炸裂させることにより愛嬌を見せ、大衆にとってずっと気にかけておかなければならない存在となる。大衆は自然と小山のyoutubeの再生ボタンをクリックしてしまう。ときにリミッターを外す彼の生き様はまさしく法外(アウトロー)であり、大衆が社会で生きる際の欲望(ストレスも含む)発散装置なのである。