稲川会が山口組に歯向かわなくなったのは高見沢事件から
五代目山口組山健組健竜会誠竜会高見沢総業の五次団体と稲川会本隊が衝突して稲川会二次団体の総長の親之助一家五代目総長渡辺良夫がH17.9.4に安中市の路上で射殺
高見沢は三人の射殺がめくれてH14.8.4に東拘で死刑執行
五次団体が稲川会本隊と五分以上に殺り合ったとして関東では稲川会が笑われていたのに竹中組のマヌケが一之瀬一家の長田に失明させられて恥さらしになった
関東では六の看板は半端なく軽く見られてる