高島会長が初代英組で本部長を務めていた頃、筆者の地元である兵庫県尼崎市に住んでいたことから、筆者とも親交ができ、当時筆者が経営していた飲食店にも英組の別の最高幹部と訪れてくれ、酒を飲み交わす間柄となった。
著者が、所属していた組織の親分の引退に伴い渡世から足を洗うと決めた際にも、わざわざ訪ねてきてくれ、


「筆者」連発からの、いきなり「著者」