血生臭い。全身にまとわりつく鉄の臭いに眉をしかめる。
全ては自分自身の力で生きていかねばならない弱肉強食の世界がそうさせた。
世界は残酷だ。狸は吐き捨てた。果たしてそれは子供の言い訳だ。まるで駄々をこねるような。
「だから殺した!死にたくないから殺して食った!それのどこが悪い!?人間だって動物を殺して食うじゃねぇか!生きていくためだけじゃなく、金儲けしたくて殺すことだってあるじゃねぇか!」
「ああ、そうだな。だが、オレはその婆さんに世話になっていた。命の恩人でもあった。その人を、殺された。てめぇに」
「お前と婆さんがどうだったかなんてオレは知らない…関係ない!」
「ああ、そうだな。関係ない」
「そこにいたから食った!」
「ああ、そうだな。てめぇは腹をすかせていた」
「お前だって死にそうなくらい腹が減ってたら同じことしたはずだ!」
「ああ、そうだな。だが、てめぇみたいに婆さんをばらばらにして、食い残した体を部屋のあちこちに飾るような真似はしない。帰ってきた爺さんは、それを見て狂っちまった」
「そんなの知らない!知ったことか!」
「気の優しい、爺さんだったんだがな」
「オレのせいじゃない!オレは、悪くない…!」
「ああ、そうだな。てめぇは、悪くない」
「人間は嫌いだ…オレは山奥で静かに暮らせればそれでよかったのに…」
「ああ、そうだな。人間が悪い」
「……なぁ…お願い…お願いだから…もう、殺してよ…オレを、許してよ…」
「それは…駄目だ」
てめぇには、もっともっと生きてもらわないと。
ふわりと柔らかな毛並みをした狸の頭を撫でる。
血と肉と臓物の海に横たわる中、長い時間かけてごりごりと軋む音を立てていた下腹部で、何かが千切れ落ちる気配。
感覚があるのかないのかわからない。が、何やら体の重みがふわっと軽くなったのは気のせいか。
顔色一つ変えない兎が何かをぶらりと持ち上げて見せる。
嗚咽する狸の目に映ったのは、見慣れた形をした自分の大腿骨から下だった。
また千切られた。今度は足か。さっきは腕から先を幾つかに分けて細かく切断されたんだったか。
ああ、また包丁を変えなくちゃな。そうしないと、てめぇの肉と骨を上手く削げない。
恍惚とする兎の口許を象る薄い笑みを見上げる狸の目尻から、しょっぱい水が一筋、流れた。